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執務室の扉が乱暴に開かれ、コルが足早に入ってきた。机の上は書類で山積みだ。現太陽王は雑務を嫌い、その付けが王太子のところに回ってきていた。実際、太陽王はあまり政治に興味がない。平穏無事に過ごせれば、それでいいと思っている節がある。世の中の平穏無事ではない。自分の平穏無事である。
世の中がうまく回り、平和なうちはそれでいいかもしれない。実際、太陽王の評判はそれほど悪くはない。何もひどいことをしないから、というのが世間の評価だ。
どんな暴君でも、太陽王である限り従わなければならないこの国の民にとって、それは大事なことだった。
アランは書類から顔を上げた。コルの様子に、いつもと違うものを感じたからだ。
「シンから手紙が来ました」
アランの言葉を待たず、コルは早口で言った。アランの顔がパッと明るくなる。
「手紙か。早いな」
「早馬でしたから」
緊急であることを暗に告げられて、アランの顔は引き締まった。
「なんと?」
「まず……」
コルは言葉を切って、アランをじっと見た。その目は心なしか痛ましそうだった。
「あなたは国の為に、陛下を正すことができますか」
「……」
アランは言葉を失った。アランが個人的に何を思おうと、太陽王は太陽神の息子である。不可侵のものとされていた。
「手紙には何と書かれていたのか」
何とかそれだけ言うと、コルは黙って手紙をアランに手渡した。
アランは読み進めながら、血の気が引いていくのを自分でも感じた。
……父上
コルはアランを見つめたまま言った。
「シンはわたしへの手紙でこう申しておりました。陛下の不正を暴くか、陛下をかばうのか、はっきり決めてから動いてくれと。そうでないと迷惑だと」
……迷惑か、シンらしい。
王族云々を意に介さないその物言いに、アランはフッと笑った。
「決まっている……正しい道こそ王道だ」
父に会いに行く……アランが立ち上がっても。コルは動かなかった。アランが怪訝そうにコルを見る。
「もう一つ」
コルはアランを見た。そこには個人としてのコルではなく、側近であり警備隊隊長としてのコルの顔があった。
「ガザに動きがありました。針森の先の密林地帯に道を造っているそうです……こちらに向かって」
アランの目が細くなる。状況を把握し、計算している時の目だ。
「入り口が二つ……今のところ」
コルは黙って沙汰を待つ。
「コル、まだ見えたのは道だけだな。兵はいないな」
「は」
「では、とにかく父上だ。ドムの道の方が重要だ。あそこを拠点にされてはことだからな」
言いながら部屋を出ようとして、アランはコルを振り返った。
「シンとランには、ガザが針森に向かって道を造っていることは伏せておけ」
「……は」
コルが一瞬躊躇し、それでも首を縦に振った。アランも頷き返す。
……間に合えばよいが。一瞬、心臓を握られたように不安が胸を襲った。しかしアランは表情を崩さず。執務室を後にした。
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