Ⅳ 不穏

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 崖にぶら下がっていたアランが、谷底から吹き上げる風に煽られて、大きく揺れた。アランの手がかかっている崖の突起はあまりにも頼りなく、指がわなないて、今にもはずれそうだ。  谷底からは亡者の叫び声やすすり泣きが聞こえてくる。その中には、よく知った母の叫び声も混じっていた。父王の際限ない怨嗟の声も聞こえてきた。谷底は、いや、アランがぶら下がっている崖の入り口にさえも、陽の光は届かない。  アランの髪の色は金が抜けて、だんだんと白くなっていった。  蘭は慌てて崖の縁に駆け寄り、アランに手を伸ばす。見上げたアランは弱々しくほほ笑んだが、もう片方の手を伸ばそうとはしなかった。 「おれ、あそこに行かなきゃ」  谷底に目線を送って、アランは言った。  蘭は激しく首を横に振り、懸命に崖を掴んでいるアランの手に、手を伸ばそうとした。何か言わなければと思うが、言葉が、声が出ない。 「蘭、一緒に来てくれる?」  アランがそう言ったのが聞こえた。  蘭が跳ね起きると、女中部屋の一室だった。六人部屋であるが、他の誰も目を覚ました様子はなかった。叫び声は上げなかったらしい。よかった。蘭はほっと息を漏らした。  あの夢はアランの夢だ。こちらからの早馬がついて、手紙を読んだのだろう。奈落の底には太陽王もいた。  アランは父王を断罪した。  もうすぐ、ドムを糾弾する使者が来る。  蘭は自分の肩を両腕で抱いた。  アラン……  誰か彼を助けて。
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