Ⅳ 不穏

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「おい」  部下の男は近くにいた女中を呼び止めた。女中は返事をし、振り返る。面倒な用事は止めてくれよという表情が、ありありと顔に出ていた。男は忌々しく思いながら、命じる。 「三番倉庫に人手を集めろ。急に荷物の移動をしなくてはならなくなった」  三番倉庫にカエルムが保管してあることは、屋敷の中でも一部の人間しか知らない。外側だけでは、中に何が入っているか分からないのだ。何も知らない下働きに運ばせても、何を運んでいるか知ろうともしないだろう。  男は仲間に告げに行こうとして、止めた。ただの荷物の移動だ。自分一人でも問題はない。  男は鍵を取り、三番倉庫に向かった。女中に指示して、いくらもたっていない。まだそんなに人は集まっていないだろう。場合によっては、自分も人集めに走った方がいいかもしれない。 しかし、倉庫に着くと、かなりの人が集まっていた。女中、庭師、料理人、下僕。男は倉庫の入り口に先ほど命じた女中を見つけた。褒めてやるつもりで、顔をほころばせる。 「こんなに早くよく集めたな」  女中は微笑んだ。先ほどは気が付かなかったが、なかなか美しい顔をしている。 「ええ、そう命じられると思っておりましたので」 「?」  女中に少し見とれていた男は、女が何と言ったか聞き逃した。怪訝な顔をする男を無視して、女中は男に近づいた。するすると近づくと男の持っている鍵を取り上げた。  不意だったので、あっけなく男は鍵を手放してしまった。 「な、何をする」  さすがに気色ばんだ男に、女は一枚の紙を見せた。そこにあるのは…… 「王太子の紋章」  あまりのことに、男は顎をガクガクさせて、わなないた。蘭は微笑んで、言った。 「東の御館さまには、カエルムの移動はすべて終わったとお伝えください」 「な、なにを……」 「でないと、あなたが一番に捕らえられますよ」  蘭は言い聞かせるように言った。 「そ、それが本物だという証拠でもあるのか」  男は紋章を指さした。  蘭はため息をついて言った。 「さぁ、信じなくても構いません。あなたがあくまで御館さまにご注進に行くと言われるのでしたら、わたしはあなたを止めなくてはなりません」  冷たく微笑んで、男を見る。信に似てきたかもしれない。 「先日、北の大商人様のご子息が、ひどい目に会ったのをご存知ですか」  男の顔は青くなった。北の馬鹿息子は、ミランダに現れた美しい女にカエルムを与え、手籠めにしようとしたところ、返り討ちにあったらしい。発見された時は、泡を吹いて、白目を剥いていた。  男は目の前の女を見た。美しい女。 「あれは、お前が?」  囁くように言うと、蘭は顔をしかめた。 「あの男、本当に気持ち悪かったです」  そう言うと、右足をくいっと上げてみせた。  殺気を感じて、男のこめかみを汗が伝った。 「わ、分かった……」  男は自分を守るように、両手を突き出した。 「言うとおりにする」
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