Ⅴ 神意の行方

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「あー、くそっ。めんどくせぇな」  男が悪態をつくと、隣にいた男があきれたように言った。 「自業自得ですよ。将軍がへまをするから、こういうことになるんでしょ。付き合わされる俺たちの身にもなってくださいよ」  将軍と呼ばれた男は、面白くなさそうに酒をあおった。反対の手で、火のそばに刺してある肉を乱暴につかむと、大口を開けてかぶりついた。  将軍の横に座って、文句を言っていた男はため息をつくと、森の隙間から見える星を見上げた。自分たちが居座っているせいか、普段いるはずであろう生き物の気配がしない。  自分たちがいるところから、木が切り倒されてまっすぐ道ができていた。その先には険しい崖がそそり立っているはずだ。  こんなところに道を造って、森の生き物たちはさぞ迷惑であっただろう。 「まぁ、気持ちは分かりますが」  男の名は(かい)という。将軍の側近で、参謀として仕えていた。漁師町に生まれ、櫂などという名前を付けられた。漁師が嫌で、家族の反対を押し切って、首都に出て兵士となった。それが回りまわって、なぜかこの子どものような将軍の子守り役になってしまった。 「こんな森の中、こそこそ行って、たっかい崖を登ったら、また森抜けてやっと太陽国の端っこですもんね。絶対、ドム経由の奴らの方が早い」  要は、国にいられたら邪魔だから、遠征にでも行ってきてくれと、厄介払いされたのだ。戻ってくるのが遅ければ遅いほどいい。あわよくば、死んでくれるとなおいい。  今までも、そういう思惑が透けて見える命令を何度も下されたが、そのたびにこの将軍は、しれっと任務を遂行して戻ってきた。普段は粗相も失敗も多いのに、こういう時は悪運が強い。火をつけると燃え上がる。名は体を表す。将軍の名は(えん)といった。  炎は骨までしゃぶって肉を食べきると、その骨を焚火に投げ入れた。 「まぁ、そうでもないさ。それにたっかい崖は登らなくていい。下から上に上がる道があるそうだ。聞いたのは昔だが、多分今もある」 「誰情報ですか?」  櫂が疑わしそうに訊く。 「崖の上の村に住みついた、我が国の密偵だよ。村の女と結婚して、村の人間になっちまった。村と女を盾に脅されて、しゃべらされたんだよ」 「その男は?」  結末を分かっていて、櫂は聞いた。 「そりゃ、殺されたよ。仕事の為に、女をだましたとでも言えばよかったのに、これ以上諜報活動をするのを拒んだそうだ」  櫂は口笛を吹いた。 「純愛ですねぇ」 「相手の女にお目にかかれるかもしれないぞ」  炎はニヤリと笑った。 「生きていればの話だがな」
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