Ⅴ 神意の行方

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 自分の足元に散らばった粉を、這いつくばってなめている王を眺めながら、ウェンは思い出し笑いをしていた。  こんなにタイミングが合うなんて、運命としか思えない。  王太子のところに報告に行く女兵士と、門で出迎えた女官とのひと悶着の噂を聞いて、ウェンはもしやと思った。  口実はある。内務大臣になった報告は、より効果的にアランを驚愕させるために使おうと思っていたが、もう一つ楽しいおまけが付いてきた。  予想通り、アランの部屋には彼女がいた。ドムの盛り場で見かけた、北の息子に落ちたふりをして、全然落ちていなかった女。そして逆に蹴り棄てていったという。  名前の秘密を暴いたら、二人とも、面白いほど驚いてくれた。  そしてその後の、挑むような蘭の目。 「フ、フフフ、フフフ」  止まらなくなった笑い声に驚いた王が、おびえて顔を上げた。自分に危害を加えないと分かると、また床をなめ始めた。  あの目。ゾクゾクした。  自分に屈服させたら、どんな顔になるだろう。それでもまだ、あの目で僕をねめつけるだろうか。 「父上」  太陽王のなれの果てに話しかける。王の耳には届いていないようだった。 「貴方の大切なご子息のことは、僕にお任せください。愛しい異母弟(おとうと)……かもしれませんからね」  たっぷり可愛がってあげます。ウェンはペロリと唇をなめる。  反応しない王の顔を蹴飛ばすと、王は呻き声をあげ、鼻を抑えてうずくまった。押さえて指のあいだから、血が伝って落ちている。  それを見ながら、ウェンの興奮は止まらない。  アランと蘭の間の空気は、主従関係だけではなかった。 「坊やは分かっているのかな」  ウェンは独りでつぶやく。 「蘭は針森の女だよ」  穢れた女。  ウェンはその響きを、懐かしい痛みと共に、思い出していた。 「助けてあげなくっちゃね」  僕みたいなのが生まれちゃう。 「ねぇ、父上」  王にそう呼びかけると、立ち上がって、濡れた手ぬぐいを持って来る。床の粉をふき取り、王の顔や手を丁寧に拭った。血にまみれた手ぬぐいを、屑籠に放り込む。王の鼻からの出血は、もう止まっていた。  王の部屋の外に出ると、明るい光に目がくらんだ。王の主治医が心配そうに待ち構えていた。 「あの、ウェン様、中で一体何を」  自分が頼ったものの、少しずつ王の体に痣が増え、一時は正気を保つが、そのうちまた禁断症状が現れる。主治医は不安だった。 「お気持ちを宥めるために、お話しているだけだよ」  ウェンはあっけらからんと言う。では、あのうめき声はなんだというのだ。時々聞こえる、物をひっくり返すような音は。 「しかし……」  主治医が言うのを遮って、ウェンは投げるように言った。 「あ、屑籠の中のごみ、捨てといて。君の為に」  その目は嗤っていた。主治医は言葉を飲み込み、頭を下げた。
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