Ⅲ 王の子

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Ⅲ 王の子

「ラン、ラン!」  ニノの声が耳元で響いて、蘭はようやく我に返った。驚いて見上げれば、ニノの呆れた顔がすぐそばにあった。  豊穣祭から帰ってきてから三か月たつが、ずっとこうだ。いつだか、織物に自分を織り込んでしまうんじゃないかと、冗談で言われたが、今では自分でも、織物の模様の一部になっている気分に襲われることがある。  以前にもまして幾何学模様に入れ込む蘭を、リオナたち職人は喜んで見ていたが、ニノだけは心配していた。 「目がちょっとおかしいのよ」  取りつかれているみたいと、ザックに言っているのを聞いてしまったことがある。  それでも、蘭は幾何学模様に熱中した。頭の中を模様で塗りつぶしてしまいたい。  凛の怒りと絶望が、頭の中に甦らないように。  あの日、神殿が再び大歓声に包まれてからのことを、蘭は覚えていない。  次の日、神殿の町を後にした。ノック曰く、信は逃げるように準備をしていたそうだ。  トチの町にも寄らず、都につながる街道沿いの町で、ようやく一泊したとき、信は言いにくそうに蘭に告げた。 「初日に面会の申請をした時は、確かに順番待ちです、と言われたんだ。待っている人がたくさんいるので、いつになるか分かりませんがとは言っていたけど、きちんと手続きをしてくれた。でも、出発の朝、確認のために出向いたら……」  信はここで一度口をつぐんだ。しかし、思い直したように、蘭を見た。 「そんな名前の巫女はここにはいません、と言われたんだ」  ノックは驚きに「げぇっ」と変な声を出したが、蘭は驚きはしなかった。危惧していたことが、現実に確定しただけだ。  儀式のとき、蘭がいた場所からはほとんど何も見えなかった。神殿側からも、何の発表も説明もなかった。  ただ、何人も「巫女姫」という言葉を聞いたと言っている人たちがいた。  巫女姫が現れて、穢れた舞台を舞で清めて下さった。  その噂は、風よりも早く、国中へ広まっていったのである。 「凛は巫女姫になっちゃったんだわ」  吐き捨てるように言うと、ノックが慌てて蘭の口をふさいだ。 「そんな言い方したら、だめだ」  誰かに聞かれていなかったか、周りを見回している。 「凛ちゃんじゃないかもしれないじゃないか」  俺たちには見えなかったし、誰も巫女の名前は分かっていない。  蘭は悲しそうに首を横に振った。 「凛だった。感じたの」  蘭の指先が震えていることに気が付いた信は、蘭をノックから引きはがすと、抱きしめた。優しく背中をさする。  やがて腕の中から、嗚咽が聞こえてきた。
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