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「見てみろよ」
そこにはミミズ腫れのようなピンク色に盛り上がった傷があった。
縫い跡だろうか。3センチにも満たない傷だが、額のど真ん中に浮かび上がるそれは、久我の青白い肌に異物として鎮座している。
俺は驚いて凝視してしまった。
そういえば久我の額を見たのはこれが初めてだったのだ。
「お前、それどうしたんだ」
久我は髪をおろし、タバコに火をつけ語った。
「親にやられたんだよ」
久我が言うに、子供の頃は父方の祖父母の住まう小さな田舎町に住んでいたらしい。
見渡す限り山と田畑しかないその小さな集落には、昔から伝わる話があった。
“傷こそ男の勲章なり”
マタギや林業、農業を生業にする男たちばかりであったから、仕事柄大きな怪我をすることが多かった。
実際、農機や工具、罠で指や腕を失くしたという話は日常茶飯事であった。
そのため、怪我を負うのは働き者の証という認識だったのだろう。
しかし話が受け継がれるにつれ、徐々に内容はエスカレートしていく。
仕事で負った傷を慰めるための伝承はやがて、傷がある者こそ優れている、傷がなければ一人前ではない、傷を作ってやらねばならないといった風に歪んでいった。
「それで親がわざとやったっていうのか?」
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