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俄には信じがたい話であった。どうせあれは幼い頃に事故か何かで負った傷だ。久我は適当な作り話で俺を怖がらせようとしているんだろう。
「ああ、そうさ。じいさんやばあさんの世代の風習だったんだと」
我が子が立派な男になるようにと願って、親は子供に大きな傷をつける。
「いやいや、そんなの虐待じゃないか」
「まあそう思うよな。だから廃れていったんだ。そこで生まれ育った父さんには傷なんかないしな」
久我は自嘲気味に笑うとグラスに残っていた酒を飲み干した。
「じゃあなんでお前を傷めつけるんだよ」
「ガキの頃は体が弱かったからな、心配してたのかも」
辻褄が合うようで合わない。久我の祖父母は息子である久我の父親に傷をつけなかった。それなのにどうして。
納得がいかず黙り込んだ俺に、久我は笑いながら袖を捲って腕を見せた。
「飲んだからわかりやすいだろ」
アルコールがまわってほんの少し赤みを帯びた肌。
薄ピンクに色付いた無数の線は、まるでリストカットの跡のようだ。
全て親につけられた傷だと久我は言った。
信じられない。体の弱い我が子をわざわざ傷付ける意味などあるだろうか。
本当に親がやったものだとして、くだらない迷信にのためというのは後付で、本当は虐待が目的だったんじゃなかろうか。
どちらにせよ、酷い親だと思った。
久我は捲りあげていた袖を戻した。
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