第1章

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――とある夏のできごと 先輩は、願いごとがありますか? ……そんな願いなら、努力して叶えてください。 私の願いですか……? ……ちょっと先輩には言いたくないです。 どうしてもです! いつか……言いますから……。 え? もし、他人を犠牲にするなら、その願いが叶うとしたらですか……? 確かに、私は先輩より強いです。 でも、他の人を犠牲にしたら、私の願いはきっと叶わないものになります。 たとえ、絶対に叶うといわれても、誰かを傷つけた瞬間に、腐ってしまうものですので。 ……なんですか、その笑顔。とってもムカつきます。 練習試合のとき、覚えておいてくださいね! セミの鳴き声が響く。 空気はからっからのくせに、体は汗でべとべとになっていやになる。 七月が終わり、夏休みが始まろうとしているこの時期、アタシ、鞘野双葉は水面高校の校舎から出て、校庭の脇にあるアスファルトの道を歩いていた。 太陽の熱を吸収した黒い道は、鉄板の上を歩いているような気分にさせる。 そんな道を歩いて10分。 アタシは、自分が所属する部活、剣道部の道場にたどり着いた。 引き戸をガラガラと開けて入ると、涼しい風がアタシを包む。 学校の道場で、冷暖房が備えてある道場は珍しいのではないだろうか? 「ふぅ……」 思いっきり息を吐き出して、靴を脱ぎ、道場の床に上がる。 靴下も一度脱ぎ、帰り際に予備で持ってきた新しい靴下に変えることにした。 「お疲れ」 そんなアタシに、ねぎらいの言葉をかける人がいた。 「お疲れ様です。時雨先輩」 加護時雨先輩。アタシの一つ上の三年生の先輩だ。 黒くいまどきの高校生にしては短くてぼさぼさの髪。人懐っこい子供っぽい笑顔をするくせに、大人びているかっこいい顔。 背丈や体つきもそこそこある外見だ。 中身もそれ相応に優しく明るいけど、ちょっと面倒なとこがある人。 アタシの大嫌いで大好きな人。 だらしなく、道場の床に寝そべって涼んでいるようでした。 アタシは、彼の側に歩みよって腰を下ろします。 スカートにはきちんと気を使いますよ? ワイシャツも、透けても大丈夫なように意識してますし。 「練習……する気あるんです?」 「うーん、一応ね」 「……一応ってなんですか?」 「いや、やるってっ」 アタシがすごむと、時雨先輩はバッと飛び起きて、冷房を弱めた。 時雨先輩のちょっと不真面目なところが嫌い。
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