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鞘野双葉をたとえるなら、花と刀だ。黒髪のつややかさ、彼女の凛々しく冷たく、研ぎ澄まされた雰囲気は刀のようだ。しかし、釣り目の目は大きぱっちりして、唇は魅力的な赤だ。年相応の幼さない顔に花のような可愛いらしさがあるのだ。
もう少し年を重ねれば、凛としたきれいな女性になるだろう。今ですらその片鱗が見え、きれいさと可愛さを兼ね備えた少女ではあるが。
つい、その美しさに見惚れてしまう。この子のためなら何だってできる、そう思えるくらいに。
「……じろじろ見て、なんなんですか? 先輩の変態」
むっと唇をへの字にして、ちょっぴり怒ったような顔をする。これ以上嫌われたくないので、素直に「ごめん、やっぱ剣道してるときの鞘野ってかっこいいなって」と言っておく。
……かっこいいだけじゃなくて可愛いんだけどさ。
「もう、先輩は変なことばっかり言いますねっ」
と彼女はぷいっとそっぽを向いてしまう。少しは和らげられたならいいけど。
「じゃあ、少し休憩したらまた始めますよ!」
「おう。頑張るよ」
これじゃあどっちが先輩だかなぁ、と情けなくも思いながら返事をする。
まあ、ここは鞘野のための剣道部なんだ。これでいいんだ。
鞘野の綺麗な剣道を見るために、俺は頑張ったんだから。
部活が終わり、アタシと加護先輩は並んで歩く。先輩とは最寄りの駅も同じなので、一緒に電車に乗りそこまで共に帰宅する。
駅から自転車なアタシと、駅からは徒歩なのでそこで別れるのだ。
……それまでが幸せな時間だった。
「鞘野、先輩からのご褒美だ」
駅のホームで待っているとき、後ろからぴとっと冷たいなにかを頬に当てられる。
「きゃっ」なんて、アタシらしくもない声をあげてしまった。
……いつやれてもなれないなぁ。
「もう、やめてくださいって言ってるじゃないですかっ」
「ごめんごめん。いっつも可愛い反応するからさ」
「……まったく」
私はただ怒るような声を出すことしかできなかった。
そこで、ちょうど電車が来たのでこの件は流すことにした。夏になるといつもやるのだから、きっとこれからも止めないのだろう。
電車は座ることはできず、アタシたちはドアと椅子のひざかけの間に収まるように立つ。
……今日みたいに混んでる時はアタシを角に立たせ守るように立つ先輩は、やっぱり優しい人なんだと再認識してしまう。
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