第1章

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「いや、なんにも。むしろマイナスかも。つい見惚れちゃってじろじろみちゃった」 「あらあら。でも怒ったりしてたの?」 「そういうのは無かったけど……むっとはしてたかな」  怒る、というほどではなかった気がする。本当に怒った時はきっちり口で言ってくる子だから。 「じゃあ、きっとまんざらじゃないのよ。はい、コーヒーどうぞ」  いつも美音さんはこうして相談、というか人の恋路が気になるのちょこちょこ話を聞いてくる。  美音さん自身の恋愛は上手く行っているようなので、純粋な興味なんだろうなぁ、と思いながら、コーヒーを一気に飲み干した。  俺は部屋に戻って、椅子に座る。そして今日のことを……鞘野のことを思い出す。  あんな素敵な女の子、きっとどこにもいない。剣道にまっすぐで、凛々しくて、でも年相応に可愛くて……全部自分で抱え込んでしまう弱いところもあって。  だから、俺は支えたいし、もっと剣道を楽しんでほしかった。  彼女の素振りが好きだ。剣を振る姿は雨の中、一瞬で駆ける雷のようにうつくしくて。  剣道をするときの凛々しい顔も、そうじゃないときの年相応の可愛い顔も、愛おしいと思う。  ああ、ずっとこのままでいられたらな。きっと、優しいけども面倒な先輩とか少し嫌われてるもんな……。  それならずっと、告白なんてせずに今のままいたい。そのまま楽しく日々を過ごして卒業して、気持ちをゆっくりと忘れていきたい。  ああ、でもあの凛々しく美しく、可愛い鞘野を……他の誰かに渡したくない。それくらいの独占欲はあった。  いつかの告白と、現状維持をしていきたい心がせめぎ合って、結局答えが出ないまま、今日が終わっていくのだ。  明日には、答えがでますように。どうにか、鞘野双葉との幸せな日々が続きますように。
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