金曜日の珈琲店

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 そう言われてハッとした。どうしてそう感じたのかはわからない。ただ、矛盾を感じていながらそれをほったらかしにしてた自分を責められたような気分になった。その気分で心のなかにある黒くて汚い何かが、腹の底から湧き上がる。 「零ちゃんは気づいてないかもしれないけど、君は時々悲しそうな、苦しそうな目をするんだ。何かに思いを馳せているような憂いじゃなくて、なんていうのかな。心ここに在らず、みたいな?」 「…………」 「だから、君にこのコーヒーを勧めたんだ。僕はコーヒーでしか君と関わることはできないけど、それ以外でも何か君の力になれたらいいなって思って」 「月宮さん……」 「大きなお世話かもしれないけど、僕は君の力になりたいんだ。いつもコーヒーを飲んでくれるお礼と、このお店が結んでくれた縁を大切にしたいから。コーヒーなら言葉にしなくても助けられると思って」  月宮さんは優しい真っ直ぐな目で私を見た。その表情はまるで一点の濁りもない、芳醇な香りのするこのコーヒーと合わせ鏡のようだった。不甲斐なさで満たされている今の私にはそれがとても痛かった。私はもう一度、コーヒーの水面に写る自分の顔を見た。 「けど、飲むか飲まないかは澪ちゃん次第だ。君自身が君の中に眠る錆を取り除きたいなら行っておいで」  どことなく優しい声。だからこの人のお店に足が伸びてしまう。人付き合いが苦手。どこまで心を開けばいいのかわからないから。自分のことを知られることが怖いから。なのに、誰かのことを求めてしまう。繋がりを求めてしまう。自分で作った孤独の淵で縋りつきたい思いを抱えている。  自分のことが嫌いになるくらい優しい人だ。月宮さんは自分自身と私を騙してまで私の力になりたいのだと。   「どうしてそんなに優しくするんですか?」 「君が僕にとって、大切なお客さんだからだよ」  本当に優しくて、暖かくて、コーヒーも美味しくて、私と正反対のこの人を羨んで、どこか憎んでいる自分がもっと憎くて……。  コーヒーカップを両手で持って、口元に近づける。まだ熱のあるコーヒーが私の鼻先から雨の香りを奪う。そして一口、飲んだ。 「美味しい」  小さな吐息の中でそう呟いた途端に心地のいい眠気が私を襲う。月宮さんは私に何か語りかけているが、そんなことどうでもよかった。私は瞼を閉じた。
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