第一章 雨の日の出会い

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 「あ、いや……」  思わず声が出た。でも、それで、袋から落ちようとしている鉛筆が止まるわけではない。  かすみは湿った空気の中、息をついて、落ちた鉛筆を拾いだした。  せっかく、新作の色鉛筆を買ったのに、袋に穴が開くとは思わなかった。  雨だ。紙製の袋は湿気で穴が開きやすくなる。セット品ではなくて、一本一本、好きな色を選んで買ったから、鉛筆が転がるように道路に散らばった。  通っていく人は多いけれど、誰一人助けてくれない。かすみは仕方ないと思った。彼女も、同じような人を見て助けるか自信がなかった。自分ができないことを他人に強要するのは無理。  でも、社員価格でようやく手に入れた色鉛筆だ。早く全部を拾わないと雨で色変わりしてしまう。かすみは、ハンカチで軽く()きながらトートバッグに入れていった。  マンションに帰ってから、丁寧に拭いて乾かせば多分大丈夫。そう思いながら拾った。 「え……ない……」  最後の一本がどうしても見つからなかった。排水溝に落ちたかもしれないと思うと、彼女の心に、後悔ともつかない痛みが走った。  袋を買えば良かったと思った。安く買えたのだから、その差額で充分足りたはず。少しの金額を()しんで新品の色鉛筆を()くした……かすみは自分を責めた。  (私、バカだ……)  雨の中、傘も差さないで探していた彼女は、髪や服が湿ってきていた。強い降りではないので、ひどく濡れているわけではないけれど気持ちは冷える。  まして、買ったばかりの品物を失くせば……
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