第一章 雨の日の出会い

3/21

3250人が本棚に入れています
本棚に追加
/330ページ
 でも、かすみは、これ以上探しても見つかる気がしなかった。他人の家の敷地には入れない。  週明けに新しく買おうと思った。社員価格で購入できる。そして、()くしたのは一本だけだから。  気を取り直すと、立ちあがって傘を差そうとした。今さらという気持ちもあったけれど、これ以上濡れると、せっかくの週末が風邪になりそうだ。  少し(うつむ)き気味で傘を差そうとすると、急に雨に当たらなくなった。かすみが驚いて顔を上げると、男性が傘を持って立っていた。  「え? あの……」  初めて見る男性だ。なぜ、自分に傘を差しだしているのか全然分からない。とまどいと警戒が、かすみの声に(あらわ)れた。  でも、その男性-少し年上に見える人-は、穏やかな表情に笑みを浮かべて、かすみを見た。そして、左手を差しだしてきた。その手には……  「あ、その鉛筆」  「少し見つけにくい場所にありましたよ。貴女のですよね」  目の前の色鉛筆をかすみは思わず受け取っていた。  少し淡い青色の鉛筆が、暮れゆく雨の夕方の空気の色のように見えた。今の雨に色を付けるなら、間違いなくこの色だろう。  「あ、そうです。ありがとうございます。わざわざ……」  「いいんです。良かった。それじゃ」  「あ、お礼を……」  「気にしないでください。当たり前のことですから」  男性はそのまま立ち去った。彼の穏やかな微笑みが、かすみの心に残った。
/330ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3250人が本棚に入れています
本棚に追加