第三章 雨傘に隠されていた素顔

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 かすみは料理に手を付けた。ヒラメの煮凝(にこご)りが美味しい。  作ったら直弥は喜ぶだろうかと考えた。魚なら肝臓にも大丈夫そうに思える。  「同情とは思ってないけど、これから大丈夫なの?治療きつくない?見てるかすみが(つら)くなりそうだけど。  弱いとは思ってないけど、相手の苦しむ姿見て耐えられる?」  花野の言葉は正しい。かすみも不安だった。  思っていることを指摘された彼女は答えられなかった。でも、離れたくない。せめぎ合う感情は、かすみに沈黙を選ばせた。  「分かってる、言いたいこと……」  沈黙が流れた後に、かすみはぽつりと言った。(あきら)めと断ち切れない感情を含む声を聞く花野は黙っていた。  「直弥さんも悩んでるのが分かるの。一緒にいたいって思ってくれてるけど、最期まで傍にいさせるのはって。  でも、もう無理なの。戻れない。知らなかった時に戻れないんだから、離れるなんてできないの」  「そこまで好きなの?」  静かな声にかすみは頷いた。
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