第一章 雨の日の出会い

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 次の日、勤めている会社の店舗で、彼女は新発売の色鉛筆を注文した。康司との交際中の時は我慢していたスケッチを再開させたかった。  乾いて涙も出ない自分でも、絵を描けば変わるかもしれない。胸の奥につまった石が涙となって流れるかもしれない。(つら)いはずなのに、彼女は泣けなかった。  なのに、今、彼女は素直に泣いていた。さっき会ったばかりの男性の面影が心に揺れた時、なぜか、今まで止まっていた涙が(あふ)れるように流れてきた。  小さな嗚咽(おえつ)(こぼ)しながら、かすみは長い時間泣いていた……  泣いても状況は変わらないけれど心は軽くなる。かすみは久しぶりに、気持ちのいい眠りの中にあった。  名前も知らない。年齢も勤め先も……でも、かすみを確かに救ってくれた男性の面影を抱いて、穏やかな眠りの中に彼女はいた。
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