第一章 雨の日の出会い

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 ***  次の日の土曜日、かすみは休みだった。勤めている会社は週休二日。ゆっくり起きられる。動くのも(つら)い列車移動も今日はない。  ベッドから朝の光景を見た。カーテンを閉めないで眠っていたけれど、三階なので通行人から見られる心配はない。  夜明けが終わって、朝の光りに満ちている空気が周りを輝かせた。夜半まで雨だったらしく、空気に残った水滴まで光っているようだった。  起きて、コーヒーメーカーに二人分コーヒーを落とす。寝起きの一杯、そして、朝食の後にもう一杯。彼女の習慣だ。康司は笑っていた。飲み過ぎだと……彼が泊まった朝は三人分()れていた。  そんな時間が好きだった。ずっと続くと思っていた。なのに、訪問の回数が減って連絡が途絶えがちになって別れを告げられた。しっかりしているという、そんな理由で……  かすみは一つ息をついて首を振った。昨日の男性を思うと、心が水面(みなも)のように(しず)まっていた。(さざなみ)が静かに波紋を広げるように、彼の面影が(かす)かに揺れた。  彼を描きたいとかすみは思った。彼女の記憶の中の男性を……  トーストとサラダ、そしてコーヒーの朝食の後、かすみはスケッチブックを久しぶりに棚から出した。  恋人と交際している時、相手との逢瀬をスケッチで無駄にしたくなくて、かすみは絵を描かなかった。康司は、一緒にいる時間のすべてで自分を見てほしいと願う男性だった。  喜んでほしくて、彼女は絵に関するものを全部しまっていた。  かすみは康司との時間を大切にしていた。お互いに会社勤めだから、彼と一緒の時は彼女も嬉しかった。甘えていたつもりだった。でも、仕事の邪魔にならないか考えるかすみは、康司にはもの足りなかったと知るのは辛い。
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