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どこから入ってくるのかわからないほこりがうっすらと積もっている。江戸時代から伝わるガラクタしかないのは、よくわかっている。
「なんだか、古文書でも出てくると、格好がいいのだけど、そんな気の利いたもの、どこにもありはしないわけで」丈は苦笑する。「この二階に、ルーナ姫たちが陣取る・・かあ。まあ、そこそこ広いわな。こっちに俺の部屋をほしいと思ったこともあるんだよな」
と、上を見上げた丈は、不意に苦い顔をした。
「ちい、いやなものを思い出しちまった」と舌打ちをする。
太い梁。その昔、丈はこの梁に縄をかけて首をくくって自殺しようとしたのだ。
両親が、出来のよい弟の卓に対して、出来の悪い丈のことを”出来損ないだ”と話し合っているのを、つい聞いてしまったからだ。
両親は、そんな時間に丈が起きているとは思っていなかっただろうから、とはいえ、うかつな話だったと言わざるを得まい。
幸いに、腐っていた縄が途中で切れて尻餅をつき、その音で気がついた三千子に叱責されるというお粗末な顛末だったのだが。
”本当に、そう思うのか?”どこからともなく、声が聞こえた。
「誰だ、ドク?」
時々仕事場に現れる”自称:幻魔”のヨレた小太りの中年白人男。しかし、振り返っても、誰も居ない。いつもなら、ドクがそこにいるはずなのに。
「まあ、いいけど、さ」
改めて、しかし、丈は見なくてもいい梁を見上げる。
”俺は、それなりに紐を確認したはずだ”そんな心の声が聞こえてきた。
”それに・・当たり前だが、この蔵のあの厚い扉を閉じていた。間違っても、たとい尻餅をついても、その音が聞こえるはずはないじゃないか”
「む・・・」
何かが、
何かが、狂っている・・
狂っている。
そのことに、いまさら気がついたのだ。
もっとも、今の今まで、あの梁を見上げるまで、あの自殺未遂事件は完全な”黒歴史”だった。
思い出す、忘れるという以前に”なかったこと”だったはずだ。
丈は、めまいを感じ・・
そこに、おもわず、片ひざをついた。
「俺は、あのとき・・自殺に成功した?」
ありえない認識の閃きに、丈は絶句した。
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