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だが、その認識は、妙な確信を持って丈の胸を締め上げた。
「ううう・・・」丈の心臓が異様に拍動した。「まさか、俺は・・俺は、いきている、いきているんだ」
まさか・・
そのほかに・・
まさか、俺が自殺に成功した”別の世界”があるとでもいうのか。そんな狂った認識。
丈は、胸を抱えたまま、倒れる。
・・・読経の声。
誰か、鍛えられたプロの声、
坊主・・法要、
どうして・・死んだのは・・俺?
まだ小学生になったかならぬかの、俺の、遺影。
「丈、丈、丈!!!ごめんなさい、丈、ごめんなさい、丈」読経の最中でも、その三千子の声が聞こえてしまう。
親戚たちがどれだけ否定しても、俺の梁からぶら下がった死体を発見した三千子の心をなだめることは出来なかったのだ。耐えられなくなった
父や母の叱責も、その声をとめることは出来なかった。
その時期、三千子の心は壊れてしまったのだ。
”大丈夫だ、俺は、生きているのに”丈は、まるで幽霊になったような気分で、その三千子に声をかけたが、しかし、当然のように喪服の三千子は、それを無視したのだった。
彼女が正気に返るためには”弟の丈は居なかった。弟は卓だけだった”と思い込むしかなかったのだった。それは、やむをえないことだったろう。
しかし、その無理が、無意識下のストレスとなって、三千子の体を蝕んでいた。それが、彼女の心臓に出た。
陸上部の練習中に起こった突然の発作で、彼女は、病院に担ぎ込まれた。エドメガロポリスの病院に・・
・”え、エドメガロポリスって、なに?”改めて、今頃になってそのことに東丈は気がついた。
言われてみれば、吉祥寺の辺りはもともと空襲被害が少なかったことで気づかなかったが、東京市街全体に、丈の記憶の在る高いビルが少ないのだ。
三千子の高校時代ということは60年代前半になるが、それにしても・・だ。
そのかわり、東京湾の中にニョキニョキと、海中から高層ビルが建造されている。
発作の危機状況のはずだが、なんらかの理由で高校近くの病院でなく、その東京湾の中にある巨大病院に担ぎ込まれることになったのである。どうも、旧市街の病院より、そのほうが最新医療設備がそろっているからかもしれない。
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