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水面
こんな噂が流れていた。
ー海の方にある橋の下には幽霊が潜んでいて、夜中に通る人を連れて行ってしまうー
こんなどこにでもあるような怪談を聞いたのは、夏の気配が迫った五月の末の土曜日のことである。いつも俺たちが集合場所にしている近所の階段で座り込んでいる時、小学校からの友人である笠間智一が教えてくれた。
「どう?マルオ。海の方にある橋って言ってもいくつかあるよな?」と、こちらを向いて語りかけてくる顔は何かを期待しているように見えた。
マルオというのは俺のあだ名だ。小学生の頃に丸メガネをかけていたせいでそう呼ばれるようになった。高校一年生となりコンタクトレンズを常用するようになった今でも、智一は俺のことをそう呼ぶ。コンタクトレンズを常用するようになったのは多少なりとも高校デビューを意識していたわけだが、このおしゃべりな友人が同じクラスになったおかげでマルオというあだ名が浸透してしまった。
「そうだなー、橋の下に住んでるなら、フジツボかなんかの幽霊か。」そんないい加減な返答でスマートフォンの画面を見たまま、話を流そうとする俺に張り合いのなさを感じたのか、智一は幻滅したような顔を見せた。
彼が私に期待しているのは、この怪談に対する好意的な反応であろう。そんな反応を見せたら、さらに目を輝かせてこの怪談を確かめに行こうなどと言いだすに違いない。
この男はそうやってみんなで集まるのが好きなのである。そういう俺もいつもなら便乗するところだが、暗いところと幽霊は苦手だ。更に言えば暗いところと幽霊が苦手だと知られることも避けたい。こうして無関心を装っておけば智一の思いつきは計画になることはない。であろう。多分。
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