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「え、あの、人間です」
狸腹ではあるけど、優しそうな穏やかな旦那様に見える。
なのに女性は不服そうな顔をしている。
「お見合い結婚には不満はないはずなのに、なぜか子ども産んだ瞬間からこの人がたぬきにしか見えなくなったのよねえ。稀なケースらしいわよ、私たちみたいなの」
「恋愛結婚憧憬症候群なんですか!?」
しかも結婚後に恋愛結婚に憧れちゃうケースなのか。
それは私も授業で習ったことがない。
「たぶんね。この人、できないことをできるって言っちゃうから。今だって子どもが寝ちゃったから階数ボタン代わりに押してって言ったのに忘れちゃうし。この子が生まれる時も「すぐ向かう」って言いながら、来たのは次の日。できないなら怒らないから、正直に言ってほしいわあ」
「お見合い中の高校生によさないか」
「……たぬきのくせに」
二人は結婚しているはずなのに、離れて立っていたし、空気がピリピリしていた。
子どもは旦那さんに似たおっとりしている可愛い女の子なのに。
「ごめんなさいね。お見合い、慎重にね」
「亜樹さん、申し訳ない。待って、ちゃんと話を――」
奥さんの後を必死で追いかける旦那さんが可哀そうに見えた。
エレベーターを降り、閉じるまでの間、ずっと二人を見ていたがちょっとだけ怖くなった。
愛が少しでも偽物だったら、子どもを産んだ後に恋愛結婚憧憬症候群が再発しちゃう可能性もあるんじゃないかなって。
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