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三、前を見て。まっすぐ。
「流伽?」
駅からまっすぐ、家に向かった。家の前の小さな家庭菜園の前で、土だらけの軍手とエプロン、大きなツバの帽子をかぶったお母さんが目をまん丸にして立ち上がって私を見ていた。
「今、学校のはずでしょ」
「お見合いは学校の授業より優先させてくれるから」
事実ではない。放課後を待っていたら、仲人さんに見つかってしまう可能性もあったからだ。
「私、お見合いを止めたいの。止めたいし暴れたいし、くそみたいな法律に、唾を吐きかけたいって思ってる」
「過激ね」
庭の奥にある、汚れ物用の洗濯機の中に軍手とエプロンを放り投げ、お母さんは帽子をとる。
「お見合いを止める前に、赤い部屋とうずくまる男の子の話を教えて欲しいの」
帽子を持つ手が、時間が止まったようにぴたりと止まった。
「法律だから教えられない? 私が思い出さないと意味がない? でも私には今、時間がもったいないの。今も、この時間、私は一慶さんと前に進めずくすぶってるの」
赤い部屋。なく男の子。忘れなさいと父が何度も私にささやいて抱きしめた。
ブランド品の服、転がるボール、うずくまる男の子。
私の中の壊れた記憶。
「ちょっと待ってね。実際に見てみましょう」
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