第三章 虚構と現実

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「っ!だから、勘違いすんなよ?別にお前に心を許したからとかそういうことじゃ……」 「うん……分かってる。私のことが可哀想だから優しくしてくれただけなんだよね?」 『私のことが好きだから』とかそういうことでは無い、もっと惨めな理由。結局のところ、いつも守られているだけなのだ、私は。リヒトを保護したときにヒーロー気分でいたのが馬鹿みたい。  リヒトは少しの間私から目を背けて気まずそうにしていたが、おずおずとコチラを見るとポツリとこぼした。 「でも……一応、感謝はしてるからな。あの場所から連れ出してくれたんだから」  彼はそう言って真っ黒な瞳で私の目をのぞき込んだ。  あの場所……とは、リヒトを閉じこめていた場所。敬地市(けいじし)動物管理センターのことだろう。確かにあの場所はリヒトにとって牢獄そのもの。誰も引き取り手が現れなければ、死刑宣告がされた刑務所といっても過言ではない。  確かに管理センターからリヒトを引き取ることに決めたのは私だ。  ただ、だからといって彼に私への感謝を強要することは出来ない。  何故なら、リヒトを連れてくることは私の願いであり、決して彼に頼まれたわけでは無いのだから。  でも今の発言からするに、彼は少なくとも管理センターから連れ出してくれたことを感謝してくれているのだろうか。そもそも、あのままあの場所にいたら自分がどうなっていたかなんて理解しているのだろうか。 「お前に連れて来られるまでは、別にオレは自分がどうなったっていいって思ってたんだ」  リヒトの目が苦しそうに濁る。きっと過去の辛かった日々を思い出しているのかもしれない。  私はそのとき無性に、彼の身体を強く抱きしめたくなった。 「でもお前にこの家に連れて来られて、お前が急に動かなくなって、水浴びをして、熱い風で乾かされて、毛並みを撫でてもらって、変な服を着せられて」  リヒトは少し気まずそうに話し続けた。 「一緒に、まあそれなりに美味い飯を食ったときに、『ここに連れて来られて良かったな』って思ったんだよ」  黒くてうるんだ瞳がこちらを覗いていたかと思うと、ふいに視界がぼやけた。  目から溢れたそれは、自分の頬を生温かく濡らした。  おい泣くなよ、と困ったようにリヒトが言い、塩辛い涙を舐めとった。  頬を舐めつつオロオロする彼が愛おしくて、涙はなかなか止まってくれなかった。
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