第三章 虚構と現実

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「だから、まあ、そういうことだ」  やっと収まってきた私の涙を舐めるのを止め、彼が続ける。 「ここでチホたちと一緒に暮らすのも悪くないって、そう思ったってことだよ」  私は涙をぬぐってリヒトの顔を見た。頬を少し赤らめた顔は、照れ臭そうにそっぽを向いた。そしてしばらく私の顔を見なかったが、ふいにフワァ~とわざとらしく大きなあくびをした。私は一瞬彼が急に眠気を催したのかと思ったが、それは犬が相手に送るカーミングシグナル(心を落ち着かせる合図)だと分かった。そして、 「オレからも一つ、チホに質問がある」  リヒトは私の顔を不思議そうに見つめた。 「何で人間のお前が、オレ(犬)たちの言葉が理解できるんだ?」  それについては、むしろ私が誰かに聞きたかった。  正直、理由は全く分からない。  何故、リヒトが人間の姿に見えるのかも含めて。  私はゴシゴシと未だ赤く染まる目をこすり続ける。 「分からない……。でも、少なくとも私が理解できるのは君の言葉だけ。……きっと運命なんだと思う」  今日まで、自分が少女漫画なんかによく出てくる『運命』という言葉を使うなんて思いもしなかった。でも、それ以外に言いようがないとも思った。だって何もかも理解できないことだらけなんだもの。 「“ウンメー”ねぇ……」  そんな某超有名冒険マンガに出てくる主人公が食事するときみたいな発音で言われても……。急にリヒトに向かって運命なんて言葉を使ったのが恥ずかしくなってきた。 「うんめー。ウンメー……。まあ、よく分かんねえや。とにかく、人間のお前とこうして普通に話せるってのは悪くないしな。とにかく便利ってことでいいか」  リヒトはうんうんと勝手に納得してくれたようだ。私は正直まだ納得しきれていない部分が多いのだが。 「あと、もう一つ聞きたいんだけど」  いつになく真剣な表情で、リヒトが言った。私はごくりと唾を飲んだ。 「な……何?」 「ションベンって、この部屋の端っこでしてもいいのか?」  今までのムードを粉々に粉砕するその台詞を聞いた途端、私は光のような速さでベッドから飛び降り、リヒトを一階のトイレまで案内した。  本当に、言葉が通じるというのはこんなとき便利なものだなぁ……。
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