第四章 目覚めとパグとブルドッッグ

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 そうやって大人しくしていると、私を散々コケにしたであろう二人はやっと夕日に背を向けて去ってくれた。良かった……。直接いじめられずに済んだ。張りつめた緊張の糸が解け、ホッと胸を撫で下ろした私を足元から睨むリヒトは、不愉快極まりないといった表情を隠そうともしない。 「何で」  彼が口を開く。 「何で戦わないんだよ!」 「もう、さっき聞いたよ、その質問……」 「お前が答えないからじゃねーか」  私は自嘲気味に笑った。突然現れた二人によって飲まれていた意識が、やっと自分の中に帰ってきつつあった。さっきまでの自分は、いじめっ子と対峙した恐怖で能面のような顔をしていたに違いない。  ポチから千穂に戻った私は、やっとまともな会話が可能になったのだ。 「何で戦わないかって?そんなの簡単だよ。『勝てないから』っていうシンプルな理由」  逆に聞くけどさ、と前置きした後で今度はリヒトに質問を返した。 「リヒトは絶対に勝てない相手にも立ち向かうの?例えば、ライオンや虎でも?」 「その“ライオン”や“トラ”っつーのが良く分からないけどな、そもそも絶対に勝てない相手じゃないだろ?あんなメス二匹」 「リヒトには分からないよ。ただ戦えばいいってもんじゃないの。人間の世界はね、色々と面倒くさいんだよ」  そう、例えば私がいじめられた仕返しに手作り爆弾(作り方は知らない)を放り投げて、魔子と亜子を木っ端みじんに吹き飛ばしたとしよう。それでどうなる?確かにスッキリするかもしれないが、自分は少年院行き決定だし、両親はとても悲しむだろう。その先の未来もお先真っ暗。どうしたって、誰も幸せにならない。それなら、私が少し我慢すれば済むことだ。 「難しそうなこと言って誤魔化そうとしてるけどなー、単にビビってるだけだろ、お前」  ………………。 「ほら見ろ、何も言い返せないじゃねーか」  手に握られていたペンギンのマスコットは、染み出た汗と強く握られたせいで余計に哀れな状態になってしまっていた。
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