第四章 目覚めとパグとブルドッッグ

12/19
前へ
/103ページ
次へ
「嫌で嫌でしょうがない相手にはな、噛みついてやるしかねーんだよ」  噛みつく?私が彼女ら二人に?見えない尻尾を丸め目線すら相手と合わせられない負け犬に、そんなことが可能だとは思えない。リヒトには、本当の犬には分からないのだ。人間たちの複雑な事情など。 「……リヒトは、噛みついたことがあるの?」  私にそう問われたリヒトは一瞬の間をおき、黒い瞳に怒りと哀しみを混在させながら口を開いた。 「…………ある」 「それは、前にリヒトを世話してくれていた人?」 「…………」  今度は、リヒトが口をつぐむ番だった。 「ゴメンね……、嫌なこと思い出させて……。辛いなら答えなくても構わないよ」  前にリヒトを世話していた人物、それはつまりリヒトをあの保健所に捨てた人間ということになる。きっと彼にとって嫌な思い出に違いない。私は、リヒトに質問したことを早くも後悔していた。 「……前にオレを家に置いてくれていた人たちも、三人家族だった」  リヒトは、ぽつりぽつりと語りだした。  目は伏せられ、表情を読み取ることは出来ない。 「父親、母親、そしてその息子。お前と同じくらいの子どもだったかな」  私は黙ってリヒトの言葉を聞いていた。 「ただ一つ確かだったことは、その家族が誰もオレのことなんて好きじゃなかったってことだ。顔を見れば分かる。その家族の誰も、オレを見るときに笑ってなかったからな」
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加