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「それでも、その家がオレの世界の全てだった。だから、どんなに嫌な思いをしても失いたくは無かったんだ」
秋の風が、私とリヒトの髪の毛をさらさらと優しく撫でて、さよならも言わずに通り過ぎて行った。
「でも、ある日ソレは起こった。いや、厳密に言えば何も“起こらなかった”せいでそうなったのかもな。アイツは部屋でぼそぼそと『たんじょーび』って呟いてた。よく分からないが、それはとても大事なものだったらしい。でも、母親と父親のどちらにとっても大事なものじゃなかったんだな。二人とも、その日もいつもと変わらない日常を送っていたんだから」
自分の子どもの誕生日を忘れる親などいるのかと、戦慄した。流石に両親に自分が生まれた日をスルーされたことなど無かったからだ。同時に、自分がどれだけ恵まれているのかを知ることが出来た。でも、そのせいでその子の気持ちを理解するのは難しかった。
「その日も、母親はいつも通りオレを散歩に連れていくようにソイツに命令した。ニコニコしてたよ、怖いほど。それだけでオレには嫌な予感がするのが分かった」
自分の感情を無理矢理抑え込んだ人間は、どうなってしまうのだろうか。私はいつの間にか魔子と亜子に対峙した恐怖を忘れ、違う種類の冷や汗が背中を落ちていくのを感じていた。
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