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仕返し
「緑木くん」
「なんだ」
「ちょっと、付き合ってほしいのだけど」
「場所によるな。どこだ?」
六月の中旬の、放課後の教室。
外から聞こえる雨音、室内で行われている運動部のかけ声、吹奏楽部の演奏。二人きりの教室。
私と緑木くんは、放課後に二人で勉強や読書(やお喋り)をするのが習慣だった。どちらから「やろう」と言い出したわけじゃなく、たまたま二人のやりたいことが一致しただけだ。
「いいえ、場所じゃないわ。その、厄介事に付き合ってほしいの」
「厄介事とは、厄介だな」
「ええ、すごく厄介。だから厄介事って名前にしたの」
「ものすごく断りたいが、了承してやる」
「私、今朝、告白されて。クラスメイトに」
「へぇ。モテてんな」
「断ったんだけど、引いてくれないの。また放課後にって言われてて。だから────」
私は一旦言葉を区切って、緑木くんの顔を横目で確認した。男子は"こういう類い"の相談を好まないと聞く。
………あぁ、ダメだ。
この人、表情をあまり変えないんだった。
「だから、ぶん殴ってきてほしいの。その男子を」
「厄介事にしようしてんじゃねぇよ」
間髪入れずに緑木くんに突っ込まれた。
私としては、今まさに厄介なのだ。こっぴどくフるなんてしたくないし、なし崩しに付き合うなんてもっての他である。
もう緑木くんが殴るしかない。彼の見た目はヤンキーっぽい。きっと収まる。
「まぁでも、困ってんなら俺が言ってくる。お前とは仲が良いって思われてるからな。効くには効くだろ」
不機嫌そうに緑木くんは立ち上がった。
やはり、気が進まないのだろう。いや、当たり前だ。無茶を言っているのは私の方だと、それくらいは理解している。それでも、他に頼れる人が思い付かなかったのだ。
今更ながら、罪悪感が心を支配していく。
緑木くんが優しいからだ。こんなお願い、断ればいいのに。
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