海の国

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海の国

「おい、ここに置いてあった鞄を知らないか」  足元に置いていたはずの荷物が忽然と姿を消していた。  そばにいた中年の男に問いかけてみると彼は焦ったように口を開く。 「それならさっき子供が持っていっちまったよ。お兄さんの荷物だったのか」 「……そうか、それは困ったな。大事なものが入ってるんだが」 「早く追いかけな! 今ならまだ間に合うだろうよ! 旅に入り用なものが入ってるんだろ!」  彼の言葉にこくりと頷いておく。 「生首が入ってるんだ」  目を見開く男を残して彼の指さす方向へと子供を追いかけた。 「痛い目にあいたくなければ大人しく返してもらおうか」  そう言い終えてからまるで悪役のようだと気付いた。それもすぐにやられてしまいそうな弱い方の。  子供が俺の鞄を抱きしめたまま地面へと座り込む。  まだ十にも満たない幼い少年だ。怯えて震えている彼から鞄を奪う。  特に抵抗もなくあっさりと奪えたが、どうやら少年は怖かったらしい。泣き始めてしまった。  涙を拭う手があまりに小さいことに気付く。手だけではなく、身体全体が小さい。腕も足も随分と細い。  ーー食べてないのか。  よく見れば栄養が行き渡ってるようには見えない。  別に荷物を奪われたからといって何か仕返しをしてやろうなんてことは考えていない。  泣いている子供を前に一体どうしたものかと頭を捻る。ふとお菓子をポケットに入れていたのを思い出した。お昼に食べようと買ったパンもある。  それらを少年に渡すと彼は嬉しそうに立ち去った。俺に手を振っていたので振り返した。ほんの少し前まで泥棒と被害者だったとはとても思えないだろう。 「……ここは貧しい国なのか」  鞄を開けると生首が入っている。  目を伏せて動かない生首。  鞄ごと揺さぶるとばちりと目が開いた。 「なんだ、うるせぇな」 「お前誘拐されてたぞ」 「は、むさ苦しい男のそばじゃないなら喜んでだ」 「そうか、煮て焼いて食われればよかったのにな」  俺はこの生首と旅をしている。
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