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それに業を煮やしたのか、彼はもっと分かり易く、立体的に言葉を選んだ。
「愛していた……いいえ、今も愛している。貴方もそうでしょう」
頷きも、首を振る事も僕は出来なかった。今でもあの不実な恋人を想っているかと言えば、それは嘘では無い。僕の心は今もじくじくと鈍く痛み、今尚彼女はそのふくよかな顔を綻ばせて笑っている。そして次の瞬間には開き直り、あまりにも無気力な視線で僕を殺した。僕の、愛を殺した。
「だから今宵限り、僕達は深い心の傷を舐め合うべきなんだ」
だって、と置いた彼の瞳には、薄っすらと涙の幕が下りた。
「それが、他者を心から愛し、そして裏切られた者の出来る、唯一の抵抗なのだから」
金色の月夜────蒼白い肌はしっとりと濡れて輝き、漆黒の絹糸は夜風に巻かれ儚げに揺れる。彼は震える指先で縋るように僕の服の袖を握り締めた。
「僕の傷を、舐めてはくれませんか」
それで、彼の傷は癒えるのだろうか。いいや、癒える筈は無い。そもそも目的は傷を癒す為では無い。他でもない、傷付く為だ。
僕が彼の心を全て理解したのを察したのか、彼は下から掬い上げるように、僕の唇を塞いだ。薄い頬を伝った生暖かい湿りと柔らかな絶望の味が、口内にじわりと広がって行った。
人はどうして、こんな事をするのだと思うだろうか。余計に傷付くと分かっているのに。それでも僕達は、絶望の淵を舐めるように、深い海の底へと沈んで行った。
男など抱いた事の無い僕を、彼は戸惑いなく導いてくれた。熱く滾った屹立に自ら腰を落とす姿は、酷く淫乱な性質を浮き彫りにしているのに、何処か献身的にさえ見える。それは何処をどう見ても男である彼に対する欲情の火を、滞り無く燃やしてくれた。
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