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気付いた時には遅かった。僕は相手が男だと言う事も厭わず、欲望滾るそのままに、彼の唇を塞いでいたのだ。貪るように口付ける度に、粘着質で淫靡な音が広い和室に満ち、苦い洋酒と、甘い唾液が絡み合い、顎を伝って落ちてゆく。僕は絡めた舌を時折離し、その甘い蜜を夢中で舐めた。
指先は、彼の滑らかな皮膚の上を這い回る。彼の素肌はまるで上質な絹のように心地良く指を滑らせ、時折不思議な引っ掛かりはあるのだけれど、段々と熱を帯び汗が滲んで来た事が僕の雄を悦ばせ、そんな事がまるで気にならない程の高揚感を与えてくれた。
僕は夢中で、彼の美しい肉体に触れた証を残した。頸筋、鎖骨、薄い胸の、蕾の上に、小さな華を散らしてゆく。その度に彼は熱の籠った声で甘く僕を揺さぶった。
「春彦さん、もっと強く」
もっと、もっと────と。だがそれは甘えた愛の囁きなどではなかった。彼はまるで罰を待つ囚人のように、切迫した恐怖を僕にありのままぶつけて来た。一体何が彼をそんなにも追い詰めているのか、記憶のない僕には想像も付かない。それが何処か歯痒くも、更に僕を突き上げた。
しかし僕が余りに我を忘れ彼の身体を貪っていたお陰で、どさりと重い音を立て、彼は背中から畳に倒れ込んでしまった。酔いと淫に狂っていた僕も、其処で慌てて我に返った。
「ごめんなさい、痛く────」
しかし僕はその先の言葉を、思わず言い淀んだ。見下ろした彼は、月光を浴びより生々しく煌めいていたのだ。
「良いから、貴方の思うままに」
甘く融けた瞳を細めてそう囁く彼は、やはり何処か投げやりであった。
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