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彼がくすくすと肩を揺らす度に、激しさを増す自慰行為。増えてゆく指が新たな音を奏で、狭い和室にぐちぐちと淫猥な水音が響き渡る。時折混じる喘ぎは、今迄出逢ったどんな女よりも低く掠れているのに、何よりも蠱惑的で魅惑的であった。
「春彦さん────」
甘い声色で僕の名を囁きながら投げられた潤んだ瞳が語る淫乱な要求に、最早僕の理性は風前の灯となっていた。
それでもまだ臆病者の性が勝った僕は、申し訳なさげに彼の足元で丸まっていた浴衣をそっと細い肩に掛けた。彼の端正な顔に浮かんだものは、驚きと言うよりも落胆であり、僕に向けられたものは、まるで商売女が靡かない客に対して向けるような、侮蔑の眼差しであった。
なるべくその痛々しい双眸を見ないように俯きながら、僕は愚かしい胸の内を吐露する事に決めた。
「首藤、さん、すみません。僕はどうかしていたのです」
人生のドン底に堕ちた僕は、自棄酒に走り、冒険がしてみたかっただけなのだ。それもとびきり自分らしからぬ冒険を。だから住み慣れた街を飛び出し、良い旅館を取って、酔いに任せた無意識の内に彼を誘ったに過ぎない。
「僕は、彼女に結婚を申し込むつもりだったのです」
未練たらしい僕の鞄の中には未だ、渡せず仕舞いだった手紙。
昨日、彼女が家に男を連れ込んでいなければ、もしくは僕があの日と決めなければ、もっと言えば勇んで早めに店を閉めなければ、僕は今頃何も知らずに笑っていたのだ。そして何食わぬ顔の彼女と家族になり、そして────どうなっていたのだろう。
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