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大きな伸びをしてから、肌着に腕を通す。そのまま良く馴染んだ学生服に身を包み、彼を追って部屋を出た。この辺りでは珍しいこの洋館を進む足取りは軽く、僕の心は新たな愉しみで一杯だ。
悪趣味に飾り立てられた客間に顔を覗かせると、奥の方から彼は相変わらず慌てた様子で姿を現した。そして僕の姿に気付くや、細く整えた眉尻を下げた。彼は名残惜しそうな顔が取り分けて巧い。
「ああ、もう出られるのかい。相変わらず準備が早いね」
言いながら煽るように玄関へと急ぎ、最後に彼は僕の唇にそっと口付けた。
「それじゃあ来週、何時もの時間に。爪はもう少し切っておきなさい」
僕は満面の笑みで頷き、手渡された傘を手に屋敷を後にした。
趣味の悪い洋館は坂の上にあり、少し急な下り坂は両脇を松林に囲まれている。僕は真っ直ぐに真っ直ぐにその坂を下り、朽ちた防空壕の脇を抜けて、海へと流れ込む小川を渡り、潮騒が一際煩い防波堤の上を歩む。両手を広げながら、鈍色に輝く一点を見上げ、僕はこれから起こるべく不吉を妄想しつつ胸を高鳴らせた。そして先程手渡された紺色の傘を、迷いも無く捨てた。
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