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そもそも官能の戯れを悪とするならば、僕はその悪の塊である。僕の生きる官能の世界は、人様が目を覆いたくなるような理性を欠いた背徳の中にあった。妻子を欺き、社会を欺き、戯れを続ける罪悪感。いつかこの罪が白日の下に晒され、戦慄する日が来るのでは無いかと言う、紛れもない恐怖。それは僕だけでは無く、僕と関係を持った誰しもが心を窶す要因となった。だが、だからこそ僕達は、人間の持ち得る狂気の一つ、スリルを悦楽に変換出来る性質によって、余計に人目を忍ぶこの享楽に溺れて行くのである。僕らにとって、それは無くてはならない習性であった。所謂自己の確認作業なのだ。
これこそが僕を苦しめ、貶めている暗黒の精神。
だが僕の持つこの忌わしき翳りこそ、僕が愛すべき全てであった。但しそれに気付くには、まだ早いのだけど。
長い前置きだったが、これで少し僕と言う人間を理解出来たのではないだろうか。僕は表向きは何ら問題を持たぬ誰もが羨むような眉目秀麗の青年であるにも関わらず、同性愛者と言う不具を抱えた上に、近年では珍しい、生粋のヘドニストだったと言う訳だ。
そんな僕の人生が大きく変化したのは、雷鳴に不吉の悦びを感じたあの朝から少し経ってからだった。僕の夢想した不吉。ただ単に何かしら良くない事が起こると言う、漠然とした不安。僕ですら一瞬にして忘れ去ってしまう程度のそれは、全く現実味を帯びていない思春期の妄想では無かったのだ。
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