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僕がその海を眺めるには特等席である窓際に腰を下ろすと同時、周囲の学生達の会話が耳に届く。
「朝一番で門の前に車が停まっていたって」
「そいじゃあ金持ちなのかね」
「何でこんな所になあ」
僕等三年生の中で最近専らの噂話は、今日来る筈の、まるで先日の暴雨のような季節外れの転校生。
口々に喋り首を傾げる同級生を見るともなしに眺めていると、立て付けの悪い扉が大きな音を立て開かれ、それにより立ち話をしていた生徒は一斉に着席した。椅子を引く音は、何時でも不快な音色を響かせる。
朝の小さな混乱の中、教室に足を踏み入れた教師に少し遅れ、噂の転校生がその姿を現した時、教室は一瞬水を打ったように静まり返った。皆彼の異常に息を呑んだのだ。そして直ぐに潜めた声でそれを共有し始めた。そんな生徒の反応を全く予想していたのか、教師は狼狽える事も無く教卓に手を付き、視線で諭すように僕等を見やった。
「東京からご両親の都合で越して来た、吉川君だ。短い間だが皆仲良くするように」
教師は加えて白々しくそう言うと、吉川と言う名の彼を席に誘導した。彼の席は僕の三つ前で、僕は彼の独特の歩き方を漏らさず観察する事が出来た。その歩き方は酷く不恰好で、内に向いた左足を踏み出す度に大きく身体が撓み、肩が異常に落ちる。僕達が何の苦もなく左右の足で歩むのに対し、彼の歩行はとても難儀に見えた。彼は誰が見ても明白な、先天性の内翻足であった。
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