1.柴崎琴音

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1.柴崎琴音

「これ、となりのクラスの柴崎(しばざき)さんから」  帰りがけにそう言って、クラスメイトの沢村が紙切れを差し出した。 「え、柴崎さんから?」  親指と人差し指に挟まれた紙片を見下ろして、期待に胸を高鳴らせ、聞き返す。 「お前に渡してって。なんかLINEしたいらしいよ、お前と」 「う、お、ま、マジで?」  沢村は「ん」と言って俺の手に無理やり紙切れをねじ込んだ。 「渡したからな。ちゃんと登録しろよ」  気だるげにあくびをしてから、教室を出ていく沢村の後姿を見送って、手の中の感触に意識を注ぐ。柴崎が、これを。  心の中で雄たけびを上げたりガッツポーズをしたりトリプルアクセルを飛んだり、この上ないほど一人で舞い上がっていたが、教室にはまだ人がいて、だから俺は冷静なふりをして、手をポケットに突っ込んで、鼻歌を歌いながら家路を急いだ。  となりのクラスの柴崎琴音は男子に人気がある。ふわふわの茶色の髪を高い位置で二つに結んで、高い声で甘ったるく喋る。まるでアイドルみたいに可愛くて、いつも笑顔で感じがいい。ついでに胸も大きい。女子には不人気だが、男子はみんな、彼女が好きだ。  あの柴崎が。     
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