Chapter21

1/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/108ページ

Chapter21

「三十六室を生き抜いたら、王との謁見が待っているそうだ」 「で、ですが………」 「アシナダ、と言ったな。見つかったら免職されるぞ」  部屋の牢の向こう側から、食料を差し入れてきた若い魔法使いに、牢の中で横たわったまま、ヒイラギは言ってやる。 「それは困りますよ。そろそろ結婚を控えているのに」  どこか憎めない顔立ちの若き『土』の魔法使いが、思わず嘆く。 「おめでたいことだ」 「この城の女官なんですよ。調理場で働いてます」  どうやら、そのコネを使って、この食料を失敬してきたらしい。 「食べてください」 「同情はいらんぞ」  両手両足、背中からおびただしい量の血が流れた跡が見える。淡い色の長い金髪も乱暴に切られ、落ち武者さながらの姿になったまま、彼が笑う。 「いいえ、あの、何ていうか…………」  短い髪の、頼りなさそうな青年魔法使いが、素直に言った。 「…………うちの祖父は錬金術師だったんですよ」 「成る程」 「変人でしてね。魔法の基礎はそこで教わったんですが……僕が魔法使いになる、と言ったら、活火山のように怒りましたよ」  牢の向こう側に腰を下ろし、懐かしそうにアシナダが言った。 「そうだろうな」 「『あんなものは信用ならん』とか何とか。ですがまあ、僕には他に取り得がなかったですし、しょうがないです。こんな僕でも、この仕事は稼げます」 「確かにそうだろう」 「それで………あの彼女は、あなたの知っている人がモデルなんですか?」 「彼女? カザカミの事か」 「は、はい。確かそういう名前でしたよね。それで、魔法使いの間でも話題になってるんですよ。あなたとの間のことが」  物言いたげなニュアンスを含んだその言いように、 「成る程。魔法使いは俗世間に疎いものだと思っていた俺が馬鹿だったか」  ヒイラギが上半身を起こして、苦笑いしながら答えた。 「カザカミはカザカミだ。それ以外の何者でもない。確かに、生み出したのは俺だが、俺とは異なる魂を持つ唯一無二の存在だ」  血が固まったままの割れた爪で、ヒイラギは差し出された水杯を手に取ってゆっくりと飲み干す。 「人間の魂を持っているのですか? 昔に亡くなった、あなたの大切な人だったとか、そういった……」  どうやら、自分の預かり知らぬところで、様々な流言飛語が飛び交っているらしい。 「そういった美しい物語は俺には無縁だ」 「………そうですか」
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!