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Chapter21
「三十六室を生き抜いたら、王との謁見が待っているそうだ」
「で、ですが………」
「アシナダ、と言ったな。見つかったら免職されるぞ」
部屋の牢の向こう側から、食料を差し入れてきた若い魔法使いに、牢の中で横たわったまま、ヒイラギは言ってやる。
「それは困りますよ。そろそろ結婚を控えているのに」
どこか憎めない顔立ちの若き『土』の魔法使いが、思わず嘆く。
「おめでたいことだ」
「この城の女官なんですよ。調理場で働いてます」
どうやら、そのコネを使って、この食料を失敬してきたらしい。
「食べてください」
「同情はいらんぞ」
両手両足、背中からおびただしい量の血が流れた跡が見える。淡い色の長い金髪も乱暴に切られ、落ち武者さながらの姿になったまま、彼が笑う。
「いいえ、あの、何ていうか…………」
短い髪の、頼りなさそうな青年魔法使いが、素直に言った。
「…………うちの祖父は錬金術師だったんですよ」
「成る程」
「変人でしてね。魔法の基礎はそこで教わったんですが……僕が魔法使いになる、と言ったら、活火山のように怒りましたよ」
牢の向こう側に腰を下ろし、懐かしそうにアシナダが言った。
「そうだろうな」
「『あんなものは信用ならん』とか何とか。ですがまあ、僕には他に取り得がなかったですし、しょうがないです。こんな僕でも、この仕事は稼げます」
「確かにそうだろう」
「それで………あの彼女は、あなたの知っている人がモデルなんですか?」
「彼女? カザカミの事か」
「は、はい。確かそういう名前でしたよね。それで、魔法使いの間でも話題になってるんですよ。あなたとの間のことが」
物言いたげなニュアンスを含んだその言いように、
「成る程。魔法使いは俗世間に疎いものだと思っていた俺が馬鹿だったか」
ヒイラギが上半身を起こして、苦笑いしながら答えた。
「カザカミはカザカミだ。それ以外の何者でもない。確かに、生み出したのは俺だが、俺とは異なる魂を持つ唯一無二の存在だ」
血が固まったままの割れた爪で、ヒイラギは差し出された水杯を手に取ってゆっくりと飲み干す。
「人間の魂を持っているのですか? 昔に亡くなった、あなたの大切な人だったとか、そういった……」
どうやら、自分の預かり知らぬところで、様々な流言飛語が飛び交っているらしい。
「そういった美しい物語は俺には無縁だ」
「………そうですか」
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