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動かない腕を微かに揺らし、それでも主である自分を守ろうとする、この『大地の娘』を柔らかく押し留めて、
「よく頑張ったな。ありがとう」
土砂降りの雨の中、独特の感触の灰色の髪を撫でてやりながら、
「しばし眠ると良い、愛し子よ。お別れだ」
彼は優しい笑いをこぼす。そして、彼女を再び大地に横たえ、手の平で地面に触れて、唱えた。
『母なる大地、豊穣の緑、御身と我が愛し子を抱く揺篭となれ………』
カザカミの横たわった回りの大地がゆっくりと盛り上がる。雨に打たれて、地面から伸びはじめた木や草が、彼女の服の代わりに体に優しく纏わりつく。カザカミが、言葉もなくただ、再び目を見開いた。
『そして四の一、百十五の元素を抱く母にして父なる大地、その揺篭に、万の歳月に耐えうる力を』
木々の周りを、ゆっくりと土が、隙間なく覆っていく。
「さあ、ゆっくりと眠れ。次にお前が目覚めるときは、戦なき世になっているだろう。幾度、人の戦に蹂躙されようと、大地はゆるやかに息を吹き返す。長い時をかけて」
自分には既に、この『愛し子』を修復する力は残っていなかった。たとえ彼女を修復し、この場を逃れようと、このような苦痛と蹂躙、いわれなき誹りや中傷、辱めの機会は、何度も何度も訪れるだろう。そのような戦いの場に何度も投げ出される。それが、自分達の宿命だった。自分とカザカミの手の甲にある「戦いの紋章」が、そんな思いを肯定するように、ほんのかすかに光る。
「………そんな、いやだ、ひとりにしないで」
緑で包まれた体が、ゆっくりと雨の降りしきる大地へ沈んでゆく。
「人は、自分で生み出した最高傑作を、万の歳月に残したいと思うものだ」
伸ばした自分の手の甲に、ヒイラギが唇を寄せた。そして、思い出したように呟く。
「昔、自分で造り上げた彫像を、愛した男がいるらしい」
カザカミの目から、白い砂が雨に混ざり合ってとろけ出す。
「つくづく、罪作りな男だな。俺は」
兵士が、自分の師匠に一斉に槍を差し向けた。
「……いやだ、いやだよ………お願いだから、死なないで、一緒にいてよ」
金色の髪に触れようとするその手に、緑の蔓が巻きついていく。
「離れないで、お願いだから、あなたを守らせて………」
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