Chapter19

3/3
前へ
/108ページ
次へ
 自分で自分がわからなくなることが多々あるのは、歳のせいだろうか、と彼は馬車に乗り込んで、目を閉じる。 (俺もカザカミと同じか。我が弟子ほどに、優しくはないが)  目を開いて、彼は両手を見る。 (俺も愚かだな)  戦闘兵器として生み出したはずのカザカミに、あれほどまでに優しい心があったのは、自分に対する戒めのひとつだったのかもしれない。そんなことを考えながら、ただ自分の両手を眺め、彼は大きく息を吐いた。 「あの子は、何をしようとしているのでしょう」  アキツが、夫に聞いた。ヒサツが、ただ黙って目を閉じる。 「あれに紋章を与えたのは、私だ」 「ええ、知っています」 「人には過ぎた力だ。戦の紋章の恐ろしさと、その有効な使い方を、ヒイラギは誰よりも知る」 「有効な使い方?」  しばらく目を細めた後に、彼が一人、呟いた。 「………そうだ。あの馬鹿者は、他者の命の重さを知ったが、己の命の重さを忘れた。だが、あれをそうさせたのは、他ならぬ私だ」  アキツが、天空の聖域から遥か彼方に見える大地を見下ろして、夫の肩に手を触れる。 「少し、休んで下さい」 「否」  ヒサツが、妻と同じように大地を見下ろす。そして、再び、だれにともなく言った。 「それほどまでに、あの子が愛しいか。我が弟子よ。本来ならば、自らの戦の重荷を背負わす為に生み出したはずの、『大地の子供』を」 「………だからこそ、ヒイラギは言うのですよ。『すまないな』と」 「そうだろうな」 「自分の重荷は、自分で背負う。それが戦士です。ですがカザカミは少し違う。元来、ゴーレムというのは他者に使役される為に生まれ、他者の為に生きるものです」  自分達の弟子であり、息子のような存在である錬金術師の生い立ちを知る二人が、息を吐く。 「いつか、ヒイラギは自ら気付いた矛盾に、耐え切れなくなるでしょう。その矛盾を、言葉にすることは出来なくとも」 「ああ」 「だから、あれほどまでに愛しているのでしょうね。あの可愛い子を」  この天空の城で、錬金術を始めとする様々なことを学び、ヒイラギと共に地上へと戻っていった『大地の娘』を思い浮かべて、アキツが言う。 「辛い思いをするでしょう」 「………ああ」  美しい妻が浮かべる、悲しげな表情を見て、ヒサツが目をゆっくりと細めて、無言で空を仰ぎ、目を閉じていった。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加