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自分で自分がわからなくなることが多々あるのは、歳のせいだろうか、と彼は馬車に乗り込んで、目を閉じる。
(俺もカザカミと同じか。我が弟子ほどに、優しくはないが)
目を開いて、彼は両手を見る。
(俺も愚かだな)
戦闘兵器として生み出したはずのカザカミに、あれほどまでに優しい心があったのは、自分に対する戒めのひとつだったのかもしれない。そんなことを考えながら、ただ自分の両手を眺め、彼は大きく息を吐いた。
「あの子は、何をしようとしているのでしょう」
アキツが、夫に聞いた。ヒサツが、ただ黙って目を閉じる。
「あれに紋章を与えたのは、私だ」
「ええ、知っています」
「人には過ぎた力だ。戦の紋章の恐ろしさと、その有効な使い方を、ヒイラギは誰よりも知る」
「有効な使い方?」
しばらく目を細めた後に、彼が一人、呟いた。
「………そうだ。あの馬鹿者は、他者の命の重さを知ったが、己の命の重さを忘れた。だが、あれをそうさせたのは、他ならぬ私だ」
アキツが、天空の聖域から遥か彼方に見える大地を見下ろして、夫の肩に手を触れる。
「少し、休んで下さい」
「否」
ヒサツが、妻と同じように大地を見下ろす。そして、再び、だれにともなく言った。
「それほどまでに、あの子が愛しいか。我が弟子よ。本来ならば、自らの戦の重荷を背負わす為に生み出したはずの、『大地の子供』を」
「………だからこそ、ヒイラギは言うのですよ。『すまないな』と」
「そうだろうな」
「自分の重荷は、自分で背負う。それが戦士です。ですがカザカミは少し違う。元来、ゴーレムというのは他者に使役される為に生まれ、他者の為に生きるものです」
自分達の弟子であり、息子のような存在である錬金術師の生い立ちを知る二人が、息を吐く。
「いつか、ヒイラギは自ら気付いた矛盾に、耐え切れなくなるでしょう。その矛盾を、言葉にすることは出来なくとも」
「ああ」
「だから、あれほどまでに愛しているのでしょうね。あの可愛い子を」
この天空の城で、錬金術を始めとする様々なことを学び、ヒイラギと共に地上へと戻っていった『大地の娘』を思い浮かべて、アキツが言う。
「辛い思いをするでしょう」
「………ああ」
美しい妻が浮かべる、悲しげな表情を見て、ヒサツが目をゆっくりと細めて、無言で空を仰ぎ、目を閉じていった。
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