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思わず躊躇するアシナダに、ヒイラギは言ってやった。
「気をつけろ。俺の可愛い娘はああ見えて、喧嘩の仕方を心得ているからな。怪我をしたくなければ、早々に逃げることだけを考えろ」
アシナダが、ヒイラギを見る。そして、目だけで一瞬礼を告げてから、あたふたと立ち去っていった。
「よくぞそこまで口が回るものだ。立つ力も残ってはいないはずだが」
いつもの拷問係が入ってくる。
「場所を移動させられるらしいな。せっかくの拷問装置も出し惜しみしては意味がないだろうに」
「せっかくの三十六回廊も、どうやらあまり楽しんで貰えないようだからな。次なる場所は闘技場だ」
両腕を乱暴に脇から掴みあげられ、無理に立たされる。ぼとぼとと、血が床に滴り落ちるのを見て、
「黄金と兵器を生まねば、次は命の保証はないぞ」
魔法使いが言った。
「俺は自分の命を黄金で買うつもりはない」
「心意気だけは誉めてやる。だが、お前にも失うものはあるだろう?」
ヒイラギが、口の端を吊り上げて目を細める。そして、再び血の混じった唾を床に吐き捨てると、言った。
「カザカミか。出来るものならやってみるが良い」
「現れたぞ!」
入り口と思われる、壮麗な門を翼を広げたまま突き抜けて、どこに自分の師匠がいるのかわからないが、取り合えずカザカミは入り口の前に降り立った。そして、魔法使い達へ目掛けて唱える。
『大いなる四の一と四、大地と風よ、質量を抱いて波となれ!』
杖を構える暇も与えられずに、突然沸き起こった重力波に煽られて、魔法使い達が一気に吹き飛んだ。吹き飛ばした魔法使い達に、
「失礼するよ!」
そう声をかけてから、彼女は重力波で内側に開いた扉の中へと飛び込んで行く。ヒイラギの忠告に従い、カザカミの襲撃と同時に、扉と柱の隙間に飛び込んで身を寄せて、重力波をぎりぎりで回避していたアシナダが、それを見送って、呟いた。
「本当に、喧嘩の仕方を心得てるんですね……」
占星術師達の占いによって、このゴーレムの『襲撃』は事前に察知されていた。鈍器を手にした屈強な兵士達が、カザカミに襲い掛かる。豪奢に磨き上げられた宮殿内の廊下で、それを難なく避けると、長い足を振り上げて、相手の腕から一気に武器を蹴り飛ばす。
「な、早い……!!」
ゴーレム、という言葉に鈍重な先入観を抱いていた兵士達が、思わず目を見開く。
「これでも、随分遅いほうだよ」
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