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空中に蹴り上げ、落ちてきた鈍器を片手でキャッチし、もう片手で目の前の兵士の襟首をつかんで地面へ突き倒し、掴んだ鈍器をその頭のすぐ近くの床に、カザカミは力いっぱい打ち付けた。大音響と共に、石製の廊下にすさまじいひびが入り、砕け散った破片が宙を舞う。
「…………さあ、私の師匠はどこ?」
こういう時に、自分はやはり戦闘兵器であるという実感が沸きあがってきて、何とも言えない気分になりながら、カザカミが聞いた。
「無駄な犠牲は出したくないんだ。言ってもらうよ」
建物の中では『地』の魔法があまり使えないカザカミが、鈍器を手にそう告げる。
「自分で探してもいいんだけど、きっとそっちが困るんじゃないかな」
近くにいるのなら何となく感じ取ることの出来るはずの、ヒイラギの居場所が掴めない。
(三十六回廊……)
一日に拷問部屋を四部屋も進まされたらしい、師匠の身を案じて彼女は思わず目を細めた。
「無事でいるよね」
自分に言い聞かすようにそう呟いて、足に括りつけた短剣を抜くと、床に倒れた兵士に、それを鈍器の代わりに突きつけながら、後ろ手に立たせてやる。
「さあ。連れていって。三十六回廊に」
男性のものとも女性のものとも取れない独特の声と口調に、立たされた兵士も、その回りで身構えていた兵士達も、思わず戸惑いを隠せないまま、顔を見合わせあう。
「………こっちだ」
屈強な兵士が、カザカミをもう一度見てから、目を逸らして悔しげに鼻を鳴らす。
「今は三十六回廊にはいない。この廊下を抜けた向こうの闘技場だ」
「闘技場? 何で、そんなところに………」
「行けば分かる」
沸々と、不吉な予感が湧き上がる。それと同時に、手の甲の紋章がきりきりと痛み出す。
(激戦の、前触れ………)
闘技場なるものがいかなるものか、というのはヒイラギとヒサツに教わっていた。思わず硬い唇を噛みしめながら、彼女は宮殿の長い回廊を抜ける。そして、思わず目を瞬かせた。
「乗れ」
「………川?」
宮殿の広い中庭を縦断している川に、黄金の船が浮かんでいる。
「この川を下る」
「………言っておくけど、私は確かに泳げないけど、水は苦手じゃないよ」
「川の下流に闘技場がある。王もお待ちだ」
「………」
思いがけない言葉に、思わず息を呑んでから、カザカミは言った。
「案内してくれてありがとう。このまま乗っていけばいいの?」
「そうだ」
「一人でいけるよ」
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