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ぼろぼろになった師匠をそっと抱きしめて、カザカミが目を閉じる。こういう時に、やはりもっと柔らかくしなやかな腕だったら、と、先程きっぱりと諦めたはずの事柄を思い起こし、限りなく悲しくなりながら、彼女は言った。
「大地の力だったら、私が持ってるよ。だから、ああ、そうだ………」
目から、さらりとこぼれ落ちた白い砂を拭って、カザカミが言った。
「お礼をしてくるのですよ、って、言われたんだ」
「お礼?」
カザカミが、目を閉じる。そして、息を軽く吸ってから、自分の唇を、師匠の唇にあてがった。
唇から吹き込まれた、優しい大地の力が体の中を循環する。痛みが、体内から緩やかに引いていくのを感じると同時に、硬質で石質の唇が、妙に心地よい。その心地よい『甘さ』に、かつて感じたことのない感情が一瞬混じる。
「ああ、やっぱこれだけじゃ、回復しきらない」
大地から遮られた場所では、真価を発揮できない『大地の娘』が、自分の顔のすぐ前で悲しげな顔になる。思わずそんな彼女の頬に手を触れて、ヒイラギが言った。
「否、十分以上だ。礼を言おう」
結界に、亀裂が入る甲高い音がする。カザカミが、師匠の回復しきらない身体を引き寄せると、振り返る。
「地脈は……」
「錬金術師達が全て封鎖している。空も然りだ。逃げることは出来ない。要するに、袋の鼠だな。我々の同業者をこうも集めてくるとは」
闘技場の扉は、赤い光をこちらに放つ魔法使いが固めている。魔法使いの隣に、錬金術師が陣取り、各々の杖をこちらに向けていた。
「旧式の堅物どもが。若造を痛めつけるために、若造の手を借りることにした、というわけか」
アシナダの祖父の様に、錬金術師は魔法使いを嫌うことの方が多いはずである。
「俺達が逃げたら、勝利は失われる。魔法使いは、この場を離れ、あの町へ向かうだろう」
「………」
「魔法、錬金術、そういったものをかき集め、この世の豊かさを、力で手に入れていく。それを、俺は、勝利とは呼びたくない。かつての自分が、そうだったように」
結界の向こう側の地面が、ぼこりと盛り上がる。盛り上がった土が、人型に形成されていくのを見て、二人が、思わず息を呑んだ。
「まさか………」
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