ヤン・イルクバールは鳥籠を担ぎ

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ヤン・イルクバールは鳥籠を担ぎ

 ここはミストル・ファトル。南の海の小さな国。美しい王宮に五人の姫君を戴く、常夏の『妖精の島』である。  筋骨隆々にして頭髪は一本残らず剃りあげ、黒檀の様に黒く艶やかに光る肌に、厚ぼったい唇を持った王宮兵卒の大男が「輿がなければ王宮の廊下も一人で歩けない」末の姫君の輿の担い手に抜擢されたのは、今から三日前のことだった。  ヤン・イルクバール。この南の島より遥か南の大陸から迫害を逃れて渡ってきた両親を成人前に亡くし、両親を看取ってくれた気のいい医療所の医師の元で、下働き兼助手として長い間働いていた。  その医師も数ヶ月前に天寿を全うし、この島で言うところの『我らが始祖なる妖精の長』の元へと旅立っていったのだが、優しかったこの養い親はヤンに、王宮勤めの兵卒という、生涯勤め上げるに値する名誉ある仕事を残してくれていた。  黄色や褐色、時には白色まで様々な肌の色の民が渾然と住まうミストル・ファトルだが、彼ほどに『漆黒の』肌を持つ者は少ない。背丈も大の大人より頭一つ分ほど高く、肩幅もまた大の大人より一人分は広い。黒い肌に良く似合う白い簡素な布のトーガをゆったりと纏い、支給された近衛兵の槍、この男が持つと子供のおもちゃに見えるその長槍を片手に、のっしのっしと廊下を歩く姿は、小さな島の小さな王宮でやたら人目を惹いた。  突然やってきたこの巌の様な男に、王宮付き侍女や同僚達も最初は震えあがっていたが、この男は、見た目によらず実直で大らかであり、細々とした雑用も厭わず、その巨体を利用して、侍女では手の届かない王宮中の天窓やランプを隅々まで磨きあげてくれる。腹を壊したり、ミストル・ファトル名産のとても強い発泡酒を飲み過ぎて寝込んでいる同僚がいれば、近衛兵宿舎の小さな厨房にその大きな体を押し込めて、よく効く薬なども煎じてくれる。  ヤンはいつの間にか、そういった『図体はでかいがよく気の利く男』になっていた。
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