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夏の夕時、給仕服に身を包んだ黒髪の女性が、両手に買い物袋を持って歩いている。夏独特の生ぬるい風が、彼女の艶やかな髪をなびかせる。彼女の名は赤瀬恵美子。“ひだまり”という喫茶店でウエイトレスをしている。今は買い出しから帰っている最中だ。
広々とした田舎道を歩いていると、甲子園の話で盛り上がっている中学校の野球部員達とすれ違う。彼らは好きな選手のスイングの真似をしようと、バットを振る。近くに恵美子がいるとも気づかずに……。
「っ!?……いったぁ……」
バットは買い物袋を持った恵美子の右手の甲に当たってしまった。彼女はその場にしゃがみこんでしまい、買い物袋の中身は道に散らばる。
「うわぁごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
彼らは慌てて彼女の荷物を片付け、ひとりの少年は恵美子の手を、そっと持ち上げた。手の甲は、痛々しく真っ赤に腫れ上がっている。
「俺のせいですいません!」
小柄な野球少年は、深々と頭を下げる。
「わざとじゃないの分かってるから、大丈夫よ」
恵美子は痛みを堪えながら、笑ってみせる。
「うちの後輩がすいません! 荷物、運んで行きますんで」
背の高い野球少年は買い物袋を持って立ち上がる。その隣にも、買い物袋を持った少年が立っている。
「じゃあ、お願いします」
この手じゃ持てないと分かりきった恵美子は、素直に彼らを頼ることにした。
「立てますか?」
「ありがとうね」
恵美子は差し出された手を掴んで立ち上がると、服の汚れを払う。
「ひだまりっていう喫茶店で働いてるの。そこまでお願い出来る?」
「はい」
恵美子は彼らと雑談をしながら、ひだまりへ向かう。20歳を過ぎた恵美子も充分若いが、更に若い彼らと話をするのは、彼女にとって新鮮だった。
ひだまりにつくとマスターである日向陽介は、野球少年達のにぎやかさに、何事かと外に出てきた。
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