刈り取られた稲の株

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「それからね、これからは私が食べさせてあげる。だから、仕事はすぐに辞めて治療に専念して。三年前まで一緒に住んでたマンションに帰ってきてよ。私ね、離婚したあとも、結局よそには引っ越せなかったの……。でも、遼ちゃんの生命保険金なんかいらないよ。もう余命宣告されてるんだから前払いしてもらって、一日でも長く生きられるように、そのために使おうよ」  半年で半減。次の半年で更に半減。都合良くステージⅣのスキルス胃癌患者の生存率を用いれば、授かったかもしれない子供に会える確率は二十五パーセント以上あるのかもしれない。  晩秋の風が、穂波のセミロングの横髪を優しくなびかせた。まるで腕の良い美容師が手櫛ですくように。彼方にある筑波山から下りてきた、冬の匂いのする少し冷たい風が、眼下の黄金色の穂波を揺らし続ける。ヒコバエは、まだ大地に根を張って、確かに生きている。(了)
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