刈り取られた稲の株

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刈り取られた稲の株

      1  背凭れの無い丸椅子は子供の頃から苦手だった。落ち着かないのは腰だけではない。冷静でいるつもりだったのに、手足が震えそうになるのを堪えるのに一苦労している。鼓動も落ち着きを失って久しい。暦の上ではもう盛秋なのに、効き過ぎている診察室内の冷房も相まって、鳥肌が立ちそうだ。声を発すれば、またどもるに違いない。喉の奥で音にはならない発声練習を繰り返している自分に気付く。  目前にいるのは無二の親友であり、関東の水郷の地にある大学病院の消化器外科准教授だ。久保翔太は、肘掛け椅子に深く座り、横顔を見せている。厳しい表情だ。内心の苛立ちが汲み取れる。彼の妻であり、ぼくの従妹である由美がよく愚痴をこぼす悪癖が、膝に現れていた。ルームシェアをしていた頃、ぼくも閉口したことを思い出す。しかし、無二の親友は、物事が順調に進んでいる時は行儀が良かった。壁にぶち当たった時に出るサインが貧乏揺すりだった。     
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