隣の芝生は青く見えて

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「……そういえば、お前は何か賞獲れたのか? あれから、結構応募したんだろ?」  思ったそばから察しが悪いのか間が悪いのか、ともかくあっけらかんと言い放ってくる。沸々と怒りがこみ上げてくるのを必死に押さえ込み、ただ一言だけ、飲みものを持ってくるとだけ言い残して席を立った。  ――作家になるのなら、この行動の意図くらいわかるだろ?  半分ほど八つ当たりのような気持ちであった。ドリンクバーの機械の前に立ってから、我ながらひどいものだと思い直す。高校でそれぞれ違う道に進んだ身とは言え、中学時代は同じ道を歩んで散々研鑽し合った仲である。すごいの一言でも言ってやればよかった。――そんな後悔が一瞬心を刺して、すぐにそんなことはできない、と首を振った。  彼を褒めることは、俺が負け犬であることを認めるのと同義だ。負けたくない、例え何で負けようとも、執筆に関してだけは負けたくない。つまらない意地ではあるが、これだけが俺のアイデンティティなのだ。  下らない考えが、頭の中でぐるぐると渦を巻く。適当な炭酸ジュースをコップギリギリまで注ぎ、元の席へ戻る。久我に悟られないように深呼吸を二、三回繰り返す。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせた。 「なんだよ、調子悪いな」 「なんでもねえよ」 「そうか? ……それで、なんか賞獲れたのか?」 「……わからねえかよ」 「言ってくれねえと、わからねえよ」  その言葉が、決定打であった。 「……てねえ」 「え?」 「取れてねえっつったんだよ!」  思わず声を張り上げてしまう。周りからの目線が刺さるが、気にならなかった。久我は少し驚いたような顔をして、それからばつの悪そうに身を縮めた。 「いや、そうなのか……。悪かった、こんな話……」  謝るな、と言いかけてやめる。このセリフの意図するところは「お前は俺にとっての悪者でいなくてはいけない」という意味であるが、久我に間違った解釈をされては困る。俺は何か口から溢れる前にジュースを流し込み、残ったパスタを乱雑に口に入れた。  しばし、沈黙が流れる。久我も幾分か冷静に戻ったようで、自分のドリアを少しずつ口に運び始めた。重たくなった空気の中で呼吸するのは苦しい。呼吸と食事に手一杯になったように、会話はぱたりととまった。
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