隣の芝生は青く見えて

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 段々と、俺も冷静に戻ってくる。それから、久我にとってのデビューがこんな形では申し訳ないと良心が言ってくる。だが、彼が先に道を進んでいるという現実との両面に板挟みになり、悶々と葛藤していた。  そこで俺はコップの氷を噛み砕き、意を決して口を開いた。 「……悪い、俺も言いすぎた」  久我が顔を上げる。しかし俺は俺の言い分を言い尽くさねば気が済まなかった。 「お前が先にデビューしたのは素直にすげえと思う。よくやったと思う。それに、受賞したって俺に自慢げに話すのも正直わからないでもない。ともかく、新人賞の大賞、受賞おめでとう」  彼は俺の顔を見ることができないと言った風に、目線をそらしながら控えめに頷いた。俺はなんとか素直に言えたと思い、密かに自分を褒め称える。 「だけど、他に言っておきたいことがある」  久我は聞きたくないと言わんばかりにスプーンをドリアの皿に置いた。俺は気にせず続ける。 「俺には、お前のとなりに立つ資格はなかった」  言ってから、財布から少し余分に金を出してテーブルに置く。彼はそれを見て、怪訝そうに金と俺を交互に見比べた。 「もしまだ結果が出てないコンクールが受賞したら、差額を返してくれ。それでやっと、お前に追いつけたってことになるはずだ」  荷物を持って、呆気にとられている彼をちらりと見る。 「……ぜってえ、追い抜いてやる」  そう言い残して、足早に店を出て行った。  それはともすれば反骨精神からくるものに思われるかもしれないが、俺の場合これはほとんど復讐に近いものであった。  俺の、最も負けたくない分野で負けてしまった。――俺も久我が受賞したコンクールに隠れて応募していたが、結果として社会が、あるいは世の中の文学が認めたのは、久我だった。  何よりもその結果に驚いているのは俺自身だった。今まで執筆に関しては久我と歩いてきたという自負があった。だからこそ、久我が受賞しても素直に喜べるはずだと思っていた。だが、それは間違いであった。  近くにいたからこそ、悔しく感じた。  たまらなく悔しくて、苦しい。水に沈んでいったように、息ができない。背中は火照って汗が滲み、熱くなってきている。反面、指先は段々と冷たくなっていた。肉体と魂が分離したような感覚。それでいて頭は異様に冴え渡っている。ただ脳を占めているのは、見返してやるという感情だけ。
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