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「さ、が――」
「さっきから驚かされてばっかりだから、お返し。あと東京行っても元気でね、の餞別」
お互いの息がかかる距離。鼻先や歯がぶつからなくて良かったな、って今更ながらに思う。
初めてのキス。
初めての片想い。
そして、初めての失恋。
いろんな初めてを一気に味わった私は、胸が苦しくなった。目の奥が熱く、痛くなって、卒業式よりも涙もろい気がする。
そうか……私の高校三年間が、ここに詰まってたのかもしれない。
そう思うと、何となくだけど、納得出来た。
「さ、帰ろう」
「おい、佐河!」
伸びてきた彼の手を今度は上手くすり抜けて、私は教室のドアへ大股で歩き出す。その後ろを拓也君が追いかけてくるのが、椅子や机にぶつかる音でわかる。せっかく綺麗に並べたのに、と心の中で文句を言いながらも前に進む。
教室のドアを勢いよく開けて、廊下へと跳び出す。ここを出ればもう、後には戻れない。そう思うようにした。
「次、こっちに帰ってきた時!」
背後から拓也君の声がした。叫び声が、誰もいない校舎に反響する。
「その時までお前の気持ちが変わってなかったら! 俺の返事受け取れよ!」
「覚えてたらね」
私は振り返らずに、卒業証書が入った筒を持った手首をひらひらと動かす。
「おう、忘れんなよ!」
だから、覚えてたらね。と言い返そうとした口は動かず、ただへの字に歪んでいた。目に大粒の涙を溜めている。顔が熱くなって、そっと唇に手の甲を当てた。
高校最後だからと言って、少し羽目を外しただろうか? でも、これくらいは許されるよね? と自問自答しながら、忘れたくても忘れられない高校生活を終える。
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