忘れられた卒業証書

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 バツの悪い表情で、親指で顎先を軽く掻く。困ったように笑う彼の顔が、好きだった。困ったことがあると親指で顎先を掻く仕草も、もう見ることが出来なくなる。でも、最後は満面の笑みを浮かべて、周りを温かい気持ちにしてくれる。 (あー……好きだったなあ……)  私の中では全てが、過去になる。でも、今だけはこの教室には、私と彼しかいない。こんな状況、もうないのに……どうしてだろう。  何を話せばいいのかわかんない―― 「佐河ってさ、道内の大学なんだって?」 「え? う、うん……」  私の心を読んだのか、それとも沈黙が嫌になったのか、拓也君が先に口を開いた。 「そっか。じゃあ、次会えるのいつになるかわかんないな」 「長期休みとかは? 帰ってこないの?」 「俺、プロ目指したいから……ずっと野球やってるかも」 「そっか……スポーツ推薦だもんね」 「そーなんだよー」  天井を仰ぎ、笑いながら嘆く。あまりの明るさに、私の「大変だね」という言葉は、喉の奥へと消えていった。 「応援してる」  真っすぐ彼を見つめて、卒業証書が入った筒を強く握り締める。 『がんばって!』は何か他人事のような気がして、違うと思う。 『拓也君なら大丈夫!』は何を根拠に思ったのか説明出来ないからもっと違う。 『応援してる』が、やっぱりしっくりきた。  彼は机から下りて、ニカッと笑う。 「おう、ありがとな!」  近くで彼の笑顔を見られるのも、応援出来るのも、胸が苦しくなるのも、今日で最後。  理由はわからないけど、清々しい気分だ。きっと、こんな想いをするのも今日まで。緊張していた身体から力が抜けたのか、頬が緩む。
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